【エクチュア×堺泉酒造 大丸心斎橋店】蔵がとりもつ縁、おおさか発の心意気チョコレート

【エクチュア×堺泉酒造 大丸心斎橋店】蔵がとりもつ縁、おおさか発の心意気チョコレート

大阪発の素材、技術、アイデアなど、<おおさか>にこだわったイベント「上方粋(すい) ええやん」を、昨年8月に初開催しました。2回目として、1月31日(水)~2月14日(水)に開催します。

「エクチュア」オーナーであり、大阪を代表するショコラティエの植松さんは、大阪にチョコレート文化を根付かせようと、心斎橋筋商店街で開業しました。現在は空堀(からほり)に、「蔵」本店を構えています。「堺泉酒造」は、堺唯一の酒蔵として、堺に酒造りを復活させました。 大丸食品マネジャーが、大阪発の商品を探している中で、堺泉酒造とめぐり合い、両者の縁がつながりました。
蔵と蔵がとりもつ縁。 「エクチュア」が「堺泉酒造」の純米吟醸酒<千利休>を使って、大阪発のバレンタインチョコレートを開発。期間・数量限定で販売します。

「SAKE しょこら」(4個入り)限定数100 税込1620円

一粒一粒に酒粕と純米吟醸酒をねり込んで。

堺泉酒造有限会社   大阪府堺市堺区甲斐町

http://sennorikyu-nihonshu.jp/
【堺の日本酒と酒蔵について】 堺泉酒造HPより抜粋
現在、堺の製造業といえば、刃物や自転車、線香、和ざらし、手織段通などが知られています。しかし、大正時代までは堺の製造業の第一位を酒造業が占めていたことを知る人は、もうほとんどいません。堺の酒造業の始まりは中世・室町時代といわれ、江戸時代の初めには京、大坂、奈良と並んで、堺は全国的な酒どころとして聞こえていました。当時、酒好きの江戸っ子たちに“下り酒”としてもてはやされた上方の酒を運んだのも、やはり堺の商人が考案した「菱垣廻船」です。明治以降も、堺の酒造業者の鳥井駒吉(現アサヒビールの創始者)が瓶詰め酒を考案し(それまで日本酒はすべて樽詰め・小売りは量り売り)、流通の革新に貢献。また、醸造改良試験所や醸造組合も堺の酒造業者が他に先駆けて設立するなど、日本酒の普及、業界の発展を牽引してきました。ところが、堺の酒造業は大正時代をピークに、昭和に入ってから下降を続け、明治13年には95軒もあった蔵元が昭和8年には24軒まで減少し、昭和46年を最後に堺の酒づくりの火は消えてしまいました。“堺の地に酒蔵を”と決意し、酒造免許の取得や用地の確保に奔走して約10年。熱意が天に通じたのか、2014年、私たちの夢がようやく実りました。 初めての蔵出し以来、大変なご好評をいただき、小さな蔵で酒造量も限られるところから、常にお待たせしているような状態が続きました。こうしたご不便をおかけすることなく、さらに高品質のお酒をお届けするために2016年、現在地に酒蔵を移転。経験豊かな酒造りスタッフを加え、設備も充実させ、“良酒”づくりに専心しています。

エクチュア からほり「蔵」本店  大阪市中央区谷町6丁目 練−LEN-

http://www.ek-chuah.co.jp/user_data/shop_honten.php
【エクチュアについて】 エクチュアHPより抜粋
大阪・心斎橋から東へ15分。空堀の古い町街並みが残る場所にエクチュア本店があります。ここ空堀は長屋や路地、お稲荷さんが数多く残されており、歴史ある大阪の暮らしを現在に色濃く残しています。エクチュア本店はこの空堀で古いお屋敷を再生してつくられた複合ショップ「練(れん)」の一角にあり、敷地内の「蔵」にあたる部分で営業しています。ヨーロッパで古くから日常的に愛され、親しまれている「チョコレート文化」の魅力を日本に伝えたくて、1986年に大阪・心斎橋でエクチュアをオープンいたしました。ショコラティエとして「ヨーロッパのものを再現するのではなく、日本の気候・風土の中で、日本人が食べておいしいチョコレートを作りたい」という信条をもって、チョコレートづくりに取り組んでいます。2003年にはカフェ「蔵」をオープン。日本家屋の落ち着いた雰囲気の中、ゆっくりとチョコレートを楽しんでいただけます。また、和の素材や季節の素材を積極的に組み合わせることで、独創的なチョコレートをも生み出してきました。エクチュアは今後更に多くの方に、チョコレートを日常生活に取り入れていただくための、「チョコレート・タイム・スタイル」を発信していきます。

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